私は、私のことを少しずつ知っていく
私は地方で育ち、今は東京で暮らしています。
故郷からはかなり遠く離れた場所で生活していますが、振り返ってみると、私はどうも、距離を置くことで心の安定を保っているところがあるように思います。
私は、周囲の人たちの考えや言葉に、とても疑問を抱く人間です。
「どうしてそう考えるのだろう」
「本当にそうなのだろうか」
「それは誰にとっての正しさなのだろう」
そんなふうに考え込んでしまうことがあります。
もしかすると、「考えすぎじゃない?」と思う人もいるかもしれません。
でも、私がそう考えるようになったのには、これまでの自分の経験があります。
子どもの頃の私は、自分がどう感じているかよりも、親がどう思っているのか、周りの人がどう考えているのかを気にして生きてきました。
「自分はどうしたい?」と考えるより、
「相手はどう思うだろう」
「こうしたら嫌われないだろうか」
「こうするのが正しいのだろう」
と、周りを見て行動することが多かったように思います。
だから、自分のことを話してくださいと言われても、最初はほんの少ししか話せませんでした。
そんな私が、最近、ある言葉に強く反応しました。
妹から言われた、
「自分のことは、他人から言われないと分からない」
という言葉です。
その言葉を聞いたとき、私はなぜか強い違和感を覚えました。
「私は、自分のことが分かっていないのだろうか」
そう考えたとき、私は改めて、自分自身に問いかけてみました。
私は、どんな人間なのだろう。
私はこれまで、
優しいだけでは生きていけない。
強い人間でなければいけない。
優しさと強さ、その両方を持っていなければいけない。
何事にも一生懸命でなければならない。
人には親切でなければならない。
親は親、子は子。
挨拶は大切にする。
そんなふうに、自分という人間を捉えてきました。
でも、妹から「自分のことを分かっていない」と言われたことで、初めて、もう一度自分に問いかけてみたのです。
そして、今の私はこう思います。
私は、優しさを大切にする人間です。
人のせいにする人が苦手です。
私だって、たまには休みたいと思います。
人を否定する人が苦手です。
そして、
私は、一人の人間として私を見てほしいと思っています。
もしかすると私は、これまで「周りから見た自分」を一生懸命に生きてきたのかもしれません。
だから今は、少しずつでもいい。
「人から見た私はどうなのか」ではなく、
**「私はどう感じているのか」**を、自分自身に聞いてみたいと思います。
自分のことは、他人から教えてもらわなければ分からないこともあるでしょう。
でも、自分の心の中にある感情まで、誰かに決めてもらわなくてもいい。
私は、私の人生を生きてきた人間だから。
これまでの経験も、迷ったことも、傷ついたことも、頑張ってきたことも、全部ひっくるめて、これが私なのだと思います。
これからは、周りの人の答えを探すだけではなく、
自分の中にある答えにも耳を傾けていきたい。
53歳になった今、ようやく私は、
「自分を知る」ということを始めたのかもしれません。
そしてこれからは、誰かに認めてもらうためだけではなく、
「私は私でいい」
と思える人生を、少しずつつくっていきたいと思います。

